そこで、ここでは、
すだちにとっての逃げ馬の思い出なんぞを書いてみようか〜
ちょうど平成4〜6年頃。
この頃が一番、競馬に打ち込んでいた時期であり、
すだちの競馬観が形成されたのもこの時である。
“人気薄の逃げ馬”が
予想をする上で重要だと認識させられたレース・・・
平成4年の第37回有馬記念(GI)である。
1着 メジロパーマー(15番人気)
2着 レガシーワールド(5番人気)
3着 ナイスネイチャ(4番人気)
1番人気のトウカイテイオーが
スタートで腰をひねって後方からの競馬。
有力各馬は当然のごとくトウカイテイオーマークなので、
前はポツンポツン。
後方にトウカイテイオーを中心とした馬群。
完全に逃げ馬有利の競馬となったわけだ。
馬連31,550円の配当。
馬単、三連複、三連単の無い時代で、
当時は破格の配当・・・大荒れレースだった。
すだちは当然にして馬券はハズレ(苦笑
しかし、ここで“人気薄の逃げ馬”は無視できないことを知った。
これを知ることによって、
馬券的中の精度は格段に上昇することになる。
平成5年第23回高松宮杯(GII)
1着 ロンシャンボーイ(7番人気)
2着 ナリタタイシン(1番人気)
3着 アラシ(8番人気)
当時の高松宮杯は、宝塚記念から1ヶ月後の
暑い夏の中京の名物レースで距離も2000m。
5月の京阪杯(GIII)を逃げ切ったロンシャンボーイだったが、
宝塚記念では中団からの競馬で11着。
ここは明らかに単騎の逃げが打てそうなメンバーだし、
人気の皐月賞馬ナリタタイシンは
後ろから動く馬だし・・・
馬連4,080円的中〜
平成5年の第39回産経賞オールカマー(GIII)
1着 ツインターボ(3番人気)
2着 ハシルショウグン(8番人気)
3着 ライスシャワー(1番人気)
当時のオールカマーはGIII(現GII)
まぁ、このレースのこと以前にも書いた→これ
馬連5,170円的中〜
さてと・・・そして
すだちにとって生まれて初めての万馬券的中のとき
やはりそれは“人気薄の逃げ馬”がもたらした。
平成6年4月の阪神競馬場・なにわステークス
1着 カノヤミノリ(13番人気)
2着 ヴィーブシンボリ(6番人気)
3着 コシノリュウオー(4番人気)
準オープンの一戦で、
人気は上から
チアズセンチュリー
ホマレノクイン
カシノエタニティ
と続いていた。
新聞紙上ではどれもが
ヴィーブシンボリが逃げる・・との展開予想。
しかし、すだちは、カノヤミノリが単騎で逃げると予想した。
この馬はもともとは逃げるタイプの馬なのだが、
前走、ダ1400で中団からの競馬で10着。
しかし芝2000のここでは、
この馬はいつも通りに逃げるはず。
この予想がドンピシャで
馬連29,010円的中〜
生まれて初めての万馬券ゲットはこうして成しえたのだった。
“人気薄の逃げ馬”は、
穴党にとっては、決して忘れてはならない存在である。
たとえ馬券としてその馬を買わないとしても、
レースの展開を握る逃げ馬・・・
これを予想せずして、競馬予想はできない。
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気にはなりましたが、買えませんでした。
逃げ馬を買うには、思い切りが必要ですね。
でも逃げ馬を買って大敗してしまうと、なんでこんな馬買ってしまったんだろうとなってしまい・・・
次走からは買わなくなる。
そして忘れた頃に・・・
なかなか人間心理として買いにくいです。
当然にハズレましたよ(笑)
当時の馬語録では、このレース
ザッツザプレンティとリンカーンの
馬連一点でOK〜〜
なんて予想をしてましたよ(汗
あのときはリンカーンが折り合いがつかず、
反応が遅れたために、
有力馬すべての仕掛けがワンテンポ遅れたことが
逃げ残り・・という結果だったと思います。
何度も何度も、
こういうパターンを見ながら悔しい思いをしてきたわけで。
ここぞってときが分かればいいんですけど、
そう簡単にいかないのが競馬なんですよね。